人生の主導権を握るー就労ビザを断った理由と気付き

メテオラ ロンドン生活

こんにちは!栞です。

前回記事を執筆してからしばらく日が経ってしまいましたが、実は日本へ本帰国しました。

ロンドンで働いていた企業からは「イギリスに残ってほしいから、就労ビザを出したい。年収もあげて、申請費用も会社が全額カバーする」と打診。

そんな好条件の中でなぜ帰国することにしたのか。

私が今後やっていきたいことの解像度が上がり、自分の人生の主導権を握るということについて、みなさんに伝えたい!と思い、今回は日本帰国の経緯について綴っていきます。

イギリス渡航前の不安、渡航してからの気づき

ハルカスからの夜景

イギリス渡航前~渡航してからのことを手短にお伝えすると…

高校、大学では英語関連の学部へ進学し、約7年間は英語漬けの毎日。

大学卒業後は英語や国際関連には一切関係のない金融機関の事務職へ就職しました。

理由はただ一つ「転勤がなくて、他の業界に比べて有給が取りやすそうだったから」

保守的で暗黙の了解だらけだけど、ルールに縛られている環境に、1年目の頃から窮屈さを感じていて、入社6年半のタイミングで退職。

イギリスへ行ってからは、タイミング良く仕事も家もすぐに見つかり、フルタイムで働きながら月1~3回、旅をする生活。(どんなスケジュールだったのか、実際にイギリスから近郊の国への旅の費用はどれくらい?っていうところも、今後紹介していきたいと思っています!)

残業もなく、自分時間が圧倒的に増えて、仕事終わりも週末もアクティブに動けるくらい心身ともに常にエネルギッシュ。

自分の好きなことを好きなだけしながらも、自分と向き合う時間も増え、今後の人生どのように生きていきたいかということもじっくり考えることができました。

このイギリスで過ごした2年間は、今までの人生で一番濃くて充実して幸せで、本当に宝物のような時間。

渡英前~渡英1年までの内面の変化の関連記事はこちら

「イギリス渡航前に感じていた不安、どのようにして踏み込めたのか」はこちらの記事で綴っています。

イギリスへ渡航して1年経った頃に綴った、気付きについては3シリーズに分けて投稿しています。

どこから読んでも楽しんでもらえるので、気になる項目だけでも読んでみてください。

念願の「就労ビザ」が目の前に

ロンドンの街並み

イギリス渡航前に目標としていた「就労ビザを出してもらって、YMSビザの期限が切れても海外に住み続ける」こと。

私のビザが切れる約3か月前に、その話が突如やってきました。

「栞にはイギリスに残ってほしい。年収もあげて申請費用も全額出して就労ビザを出したい」

渡英前に描いていたことが目の前にやってきて「目標にしていたことが現実に起こっている…!」と嬉しさと同時に驚きもありました。

上司からは「もし日本に帰る選択をするなら、日本からフルリモートワーカーとして継続して働き続けてほしい」と、二つの選択肢を与えられました。

実はこの時点では私の心は「日本帰国」へほぼ傾いていたけど、この打診をされたときは本当に毎日めちゃくちゃ悩みました。

心に決めてはいても悩んだのはなぜ?

悩んだ理由は主にふたつ。

  1. イギリスでの職場は私の実績だけでなく、人柄も見てくれてて、それがとてもありがたかったから
  2. 「本当に日本帰ってしまっていいんか…?」という謎のモヤモヤ感情が出てきたから

人として認めてもらえたことのありがたさ

カナリーワーフのビル群

私の実績だけでなく「栞がいると場が和むし、オフィスにいてほしい」と言ってくれて。

それで「年収をあげてビザ申請費用をだしてまで就労ビザを出したい」と思ってもらえたことが、すごく嬉しくて有り難く感じました。

営業要員としても、人としても私という人間を求めてもらえて「会社としてはイギリスに居てほしいけど、栞がどちらを選んでも尊重する」とも言ってくれました。

その期待と反して「日本へ帰る」選択をするのが、すごく申し訳なく感じて裏切ってしまうように思えて、なかなか自分の選択に自信を持てませんでした。

本当に日本帰って大丈夫…?という思い

学生の頃から興味があったワーホリ。渡英前に掲げていた「就労ビザを出してもらって海外に住み続ける」という目標。

その目標はイギリスで2年間過ごす中で変わっていったけど「あの時描いてたこと、現実に現れてきたけどほんまに手放していいの…?」という漠然なモヤモヤがありました。

イギリスで過ごした2年間は「こうあるべき」から一気に解放されて、今までの人生でも一番自分らしく過ごせて幸せな時間でした。

私は、周りが私に期待していることを割と察知しやすく、日本ではそれに合わせて周りの顔とか状況を伺いながら過ごしていました。

それがイギリスに行ったことで全部吹っ飛んで、身も心もとても軽くなったのに、日本帰ったらまた同じような窮屈な思いすることになるのでは…?という不安。大好きなヨーロッパから離れていいの?

言葉にならない漠然な想いが堂々巡りしていました。

悩みから解放されたきっかけ

悩んでいた理由を深掘りしてみると、これまたふたつの理由が思い浮かびあがりました。

  1. 自分ではなく、周りどう感じるかを考えていたことに気付いた
  2. 私の心がワクワクする方は日本帰国だと気付いた

他人軸から、自分軸に戻った

その悩みは「自分自身が感じていた悩みではない」ということに気付いたことで、悩みからは解放され「日本へ帰国する」ことに自信を持てるようになりました。

会社からイギリスに残ってほしいと言われたのは、必要とされているようで確かにとても嬉しかった。

よくよく考えてみると「会社は私にイギリスに居てほしいんだよねー…」と、私がどうしたいかじゃなく、会社がどう感じるかを想像して悩んでいることに気付いたんです。

「本当に日本帰っていいのか…?」という悩みに対しても「現地企業から就労ビザ出してもらうって、誰もが羨む道。それを手放したら”なんで断るの?もったいない”って言われそう」と、これも周りの反応を気にしていたことが分かりました。

また、イギリス渡航前にも感じていたモヤモヤとも似ている…とハッとしました。

あの時も、会社や家族のことを考えるとなかなか言い出せず「言おう!」と思ってから、実際出言い出せるまでに約2か月もの月日が経過。

2年経っても同じように悩んでしまったけど、その悩みからは1週間で解放!

前だったら2か月かけて解消していたのが、1週間という短期間で復活できて、「自分軸で生きること」への自信がこの2年で培われたんだと実感しました。

ワクワクしたほうはどっち?

もう一つは「ワクワクしたほうはどっちの選択か」を考えてみると、私が望むことがすぐにわかりました。

私が就労ビザの打診をもらった時にやったことは、日本での個人事業主としての働き方と日本での家探しのリサーチでした。

「どうしよう~」と悩みながらも、淡々と楽しく進めていたのは「日本帰国に向けての準備」であることに気付きました。

もしイギリスに滞在し続けるとしたら、当時住んでいた家を出ねばならず、ロンドンでの家探しを進めないといけなかったけど、ロンドンの家探しはまーったくせず。

その時に「モヤモヤはしてるけど、私の心が望んでるのは日本帰国だな」とハッと気づきました。

そもそもなぜ日本帰国を決意?

誰かのために何者かを演じる必要もなく自分らしく過ごせて「生きやすさ」を実感したイギリス。

そのまま住んでる方が良かったんじゃない?なぜ帰ってくることにしたの?って思われる方もいると思います。

イギリスでできた日本の友達からは聞かれなかったけど、日本の友達からは実際に聞かれたし、友達の友達には「いい人おらんかったん?」とか言われたり…なんかもう呆れるような反応もあったけど、それを蹴散らせたのは「自分軸でしっかり考えて決めて出した答えだった」から。

日本帰国の方がワクワクしたのには、3つの理由があります。

  1. これからやっていきたいことが明確になった
  2. 自分で生きる場所を決めることの大事さに気づいた
  3. 動から静へ

これからやっていきたいことが明確になった

一番の理由は「これからやっていきたいことが明確になり、それは日本を拠点に取り組んだ方がたくさんの人の心を動かせそう」と考えたからです。

私はイギリスへ行く前は、日系の金融機関の事務職という、保守的で暗黙の了解も多いけどルールに縛られている「完璧主義」な仕事をしていました。

バックオフィスなので直接お客さんを接客することもなかったけど、雑談も許されないような常に緊張感が張り詰めている環境。

ほんの小さなミスでも、犯人探しからまず始まり「事情聴取?尋問ですか?」みたいな状況が目の前で起こっていることにも、すごくストレスを感じていました。

すごく窮屈な思いをしながら「仕事ってこんなもんなのかな」と思いながら6年半勤めました。

もちろんそのおかげで「正確性、迅速な対応力」というスキルが身につき、イギリスの職場でもそれを評価してもらえたのはありがたいと思っています。

それがイギリスの現地企業(教育関連・営業)で働き始めて、ギャップにびっくり!

みんな雑談しながらもしっかり仕事には取り組んでいて、定時になったら上司もそそくさと退社。

金曜日は「金曜日やしもう帰っていいで」と退社時間の30分前に帰ったり、木曜の16時頃に金融街(Bank)周辺のパブに行くと、スーツを着た人たちがもう吞み始めていたり。

通勤の電車でも「生気を奪われたような顔をしている人」は見かけなかったです。

いやそこ確認せんかい!メールちゃんと見たか⁉みたいなことはあったけど「これくらい緩く働くのも良いのかも」と気付きました。

しっかり働きながらも定時には帰って、仕事に人生を奪われない生き方、自分の人生を生きることの心地よさ。

窮屈な思いをしている人、それが当たり前だから仕方ないと思っている日本の人たちに、そのことを伝えていきたい!と感じ、それをするにはイギリスからではなく、日本へ帰って発信する方が伝わりやすいと考えて、帰国することにしました。

私も日本の金融機関で窮屈な思いをしていたからこそ「それは当たり前じゃない」「もっと外に目を向けると、自由で居心地よく自分らしく生きていける場所がある」という気付きを、還元していきたいという思いが強かったです。

自分で生きる場所を決めることの大事さに気づいた

私は以前から、転勤制度には疑問を感じていて。

それぞれ家族や人間関係はそこに根付いているのに、なぜ会社都合で生きる拠点を変えなければいけないのか?

自分で生きる場所を決めるんじゃなく、会社にその権限を握られていることが不可解でした。

今回の「会社に就労ビザを出してもらう」という選択肢も、もし会社に何かあったりしたらイギリスに居たくても居続けることはできず日本へ帰国せざるを得なくなることに。

他のビザスポンサーしてもらえる企業を探してうまくいけばそのまま残れる道もあるけど、会社の都合で私が生きる拠点が急に変わったりするのを避けたいと思いました。

自分の意志で、自分が生きていく場所を選びたい。

会社が「イギリス残ってほしいから就労ビザを出す。でも、日本に帰りたいなら日本からのリモートワークで働き続けてほしい」と二つのオプションを出されたときは、正直悶々としすぎて「ビザ出せないから日本からのリモートで」と言われた方が楽だったなと感じました。

それだったら「会社や同僚の期待に反してしまう…」とか余計な情が湧かなくて気楽だったのにって。

でもこのようにふたつのオプションを与えられたのは「ちゃんと自分の意志で、自分の手で選びなさい」ということだろうなと感じ、その時に「自分が生きていく場所を自分で決めることの意義」を改めて認識しました。

動から静へ

ロンドンの森

マグロのように「止まったら終わり!」モードで常に動きまくっていた私。

その「動」モードから一旦落ち着きたいなと思ったのも、日本帰国を選んだ理由の一つです。

私はイギリスで過ごした2年間「1秒たりとも無駄にしてはいけない」と思って、常にアクティブモードで動いていました。

金曜の夜に飛行機に乗って土日に旅行、日曜の夜の便でロンドンへ帰ってきて月曜日は仕事…というようにフルスロットルで。

予定のない日でも外には出るようにして、散歩や近くの公園で読書したり…。

ゆっくり緩く過ごすことの心地よさ、晴れているだけで幸せを感じられて、仕事に人生を奪われない生き方があるという気付き。

色んな気づきを得たのは、イギリスの現地企業で働いた経験、ロンドン生活だけではなく、ヨーロッパの色んな国(延べ20ヶ国、70都市くらい)を旅したからでした。

2年間でこれだけ飛び回って色んな気づきを得たけど、このままイギリスに居続けるとずーっと飛び回ることになる。

住まいも、高い家賃を払ってバスルームとキッチンは共有の生活が続く…ということも考えると、一旦日本に戻って、自分のプライベートな空間を確保して、落ち着きたいと感じました。

広げすぎた学びや知恵も「動」モードのままよりも、日本に帰るからこそまとまって還元できるだろうなと。

一辺倒に生きるんじゃなく、緩急をつけながら過ごすことの大事さも実感。

ずっと「動」だといつかへとへとになる…だからといって「静」だけだと進まない。

私はイギリスの2年間、ほぼずっと「動」だったので、休憩のつもりで日本で「静」を感じながら、今後のキャリア形成やどこを拠点にしていくか、じっくり考えていこうと思っています。

日本を拠点にして働き始めてからの気づき

日本を拠点にしてから約2か月、引っ越しのバタバタが落ち着いた今、ふたつの気づきがありました。

  1. 私もまだまだアクティブすぎる
  2. 念願の夢を手放したら、別の目標が叶っていた

まだ心に余白を持てていない自分

ロンドンのカフェ

休憩のつもりで日本へ帰ってきたものの、帰ってきてからの2か月はいまだにアクティブすぎていることに、この記事を執筆しながら気付きました(笑)

イギリスにいた頃は月2-3回海外旅行に行ってた中、2025年8月はどこも行かず、9月上旬に2か月ぶりに海外旅行(アムステルダム)へ。

その後日本帰国までは、一切海外旅行をしていなくて、その数か月間、私にとって「静」の期間でした。

大家さんからも「ずっと飛び回ってたのに最近どうしたん?I think you are ready to return to Japan」と周りにも感づかれるほど。

日本帰国後バタバタするから今のうちに体力セーブしときやってことで、私は今こんなにも落ち着いているのか…?という予想が大当たり。

イギリスのオフィスでの最終出社日の翌朝、3時半起きで朝の便で日本へ帰国。

その後、2週間ホリデー取得して実家で過ごしていたけど、引っ越し準備もあってバタバタ。

引っ越し翌日から仕事スタートというタイトすぎるスケジュール。

バタバタしていた時はそれをさばくのに精いっぱい。

引っ越しから落ち着いてからは、次はキャリアのことが気になり出しました。

個人事業主でイギリス企業のフルリモートワーカーという、その企業としても初めての契約スタイルで、コワーキングスペース利用の検討や確定申告のことやたくさんリサーチすることがあり…

私はそのイギリス企業の名刺は持ってるけど、こういう発信に興味を持っていただいた人たちに渡す名刺が無いから、フリーランスとしての名刺もいるのでは…?と考えること、取り組みたいことがたくさん湧いてきました。

日本では新しい土地に住んでいるので、行きたいところもたくさんあって、ずーっと脳内は動いている状態。

そこで、ふとした時に気付きました…

「いや、心に余白をもって生きることの心地よさを伝えるために日本に帰ってきたのに、今の私の心に余白ないやん」と。

今までは夜の時間も寝るまではPCで作業をして、そのあと軽くストレッチをしてから就寝というルーティンで、脳を休める時間があまりありませんでした。

このタイミングで私もまだまだ動きすぎてるわと気付いたことで、生活ルーティーンの改善を試みています。

イギリス企業の仕事の始業が少し遅めの時間なので、朝少し早起きして朝の時間帯に自分のやっていきたいことに集中、イギリス企業の仕事が終わる夕方以降はPCは一切開かないようにしました。

夜は、読書やジャーナリング、ストレッチを重点的に行って脳を休める時間を作っています。

PCで作業していると、脳は常に働いていることになるので、それをシャットアウトする時間も一定時間必要だし、意識して作らないといけないなと感じました。

こういう発信をしているものの、私自身まだまだ完ぺきではなく「余白を持ちながら生きる人生」を試行錯誤中。一緒にゆるく、のんびりやっていきましょう!

1つの目標は手放しはしたけど、別の目標が叶っていた

渡英前の目標としてあげていたものには「就労ビザを出してもらって海外住み続ける」以外に「自分の好きな場所で、PC一つで働けるような自由な仕事をする」もありました。

イギリスで働いてた企業は日本支社がないので、私が個人事業主になって業務委託されフルリモートで現在働いています。

イギリスに合わせて夜にミーティングが入っていることもあるけど、在宅だけではなく、カフェやコワーキングスペースで仕事をしたり、好きな場所で仕事ができている。

「就労ビザを出してもらう」という目標は手放したけど、もう一つ憧れていた仕事のスタイルができていることに気付きました。

何かを手放したら、別の必要なもの、自分に合うことが自然と入ってくるんだなと認識。

この目標を掲げた当初は「何がしたい」かは分からず、PC一つで働くならWebデザインとかかな?と某Webスキルを学べるオンラインコースに30万円を払ったことも…。

でも「なんかあんまり楽しめないな」と思い、「PC1つで好きな場所で働ける=Webデザイン・マーケティング」という考えは安直、危険だったなと気付きました。

そのあとイギリス2年間過ごす中で「心に余白をもって、自分らしく生きる心地よさを伝えること」が自分の本来やりたいことだと明確に。

「真摯に自分自身に向き合っていれば、自分が気づかないうちに、予想もしていなかった形でいつの間にか実現している」とこの記事を書きながら、私も実感しました。

まとめ

クロアチア、コルナティの海

今回は、イギリスに残る選択肢もあった中、しかも年収も大幅アップな中、なぜ日本に帰国する決断をしたのか?について執筆しました。

私も書いてく過程で、色んな気づきが出てきて「書くこと」って改めて大事だなと認識。

情報や周りのお節介も多い世の中だけど、自分でしっかり考えて自分の手で選んでいくことを大切さを、今回会社から就労ビザの打診をもらった時に身をもって実感しました。

私のジャーナリングのような記事ですが、みなさんの今後の人生の岐路に立った時のヒントになれば嬉しいです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました